柳本卓治 人物紹介
大阪の下町で生まれそだちました
柳本卓治は、昭和19年11月、
通天閣を見上げる西成区山王町で、
大阪市会議員・柳本松太郎の五男として生まれました。
柳本の初心である「人間政治の道」は、
自転車のペダルをふんで、
町のすみずみまで歩いた亡き父上の遺言であり、
柳本卓治を育んでくれた下町の原点です。
早稲田大学に学んで政治を志す
大阪市立金塚小学校、教育大付属天王寺中学・天王寺高校を経て、早稲田大学に進学しました。
早稲田では、政界への登竜門として歴史を刻む「雄弁会」の幹事長に就任し、
思い出の多い学問の青春時代を送りました。

さらに早稲田大学の大学院へと進み、「世界経済」を専攻し、修士学位を得ました。
サッカー、ラグビー、柔道、空手(七段)、野球を愛するスポーツマンでもあります。
中曽根通産大臣のもと 石油ショックに立ち向かう
昭和46年、中曽根康弘・自由民主党総務会長の秘書となり、
ついで通産大臣のもとで実践的な政治の勉強に入りました。
力いっぱい、中央と地元大阪とのパイプ役を果たしました。
大阪市会議員に最年少で初当選 感激のある政治を実践
昭和50年、最年少で大阪市会議員に初当選。
文京経済副委員長、計画土木副委員長、 財政総務委員長を歴任しました。

大阪市会議員三期十一年間を通して、 「喜び、悲しみを分かち合える感激のある政治」を信条に、
市政相談を実施し、その数は二万件にも及びました。

これらは、柳本卓治の無上の財産になりました。
浪速ッ子代議士誕生 一期生で大蔵理事に就任
柳本卓治は、平成二年二月十八日、晴れて国会議員に初当選しました。

かねてより“大阪の大器”として期待されており、いよいよ大阪発の国政に歴史的な一ページが
開かれることになったのです。ご期待に応えるべく、庶民政治の華を咲かすべく頑張りました。

柳本卓治は「中小企業の繁栄なくして大阪の発展はありえない。
大阪が良くなれば、日本の社会や文化も向上する」との信念の元に進んで衆議院大蔵常任委員会に所属。
一期生で、 大蔵委員会理事に就任するという快挙を成し遂げました。

その後の活躍は皆様ご存知の通りであります。

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